「ガイアの夜明けで放送された事は、まったくのでっち上げ、完全にはめられた」

※以下の記事は古い内容になっています。インターセラーズはスタッフサービスからOGIホールディングスという何をやっているのかいまいち良く判らない企業へ売却され、さらにOGIホールディングスの関連会社一覧を見てもどこにも存在が確認できなくなっています。また、インターセラーズから支援を受けていたはずの蔵元のサイトを確認してもその記述が一切消えており、会社は清算されたかどこかに合併されたか、いずれにしてもいまは存在しなくなったようです。正直なところ「また、ガイアの夜明けか」という気がしないでもありません。

リンク: 濱田屋 日記:蔵元が大変な事に.
リンク: 地酒.たかま酒店.blog: 太陽酒造を応援下さい.

神戸の酒屋さん、そして茨木の酒屋さんが書かれた太陽酒造という灘の蔵元に関する衝撃の事実です。本件についての太陽酒造さんの公式見解はこちらに出ています。

どういう事が起こったのか、このサイトだけではなく、事情をご存じのBLOGやほかの酒屋さんのサイト、報道など様々な情報をまとめると以下のような感じです。

  1. スタッフサービスの子会社であるインターセラーズが経営難にある太陽酒造に債務の肩代わりと販路拡大のための提携を持ちかける
  2. 経営状況が厳しいため、インターセラーズの誘いに乗って提携を行う
  3. 肩代わりの債務に「顧問料」を乗せた金額をインターセラーズが太陽酒造へ貸し付けた契約形態を取るも「ちゃんと売るから大丈夫」と説明
  4. 太陽酒造は本来50石の蔵なのに150石の生産を要求、さらに全量自分たちで捌くと要求
  5. 従来からの顧客がいるということでインターセラーズが100石、太陽酒造が50石の販売をすることになる
  6. 太陽酒造側は50石を完売するもインターセラーズは20石しか販売できなかった
  7. インターセラーズは「売れなかったのは太陽酒造に責任があるので貸し付けた金額(3で説明した部分)を全額返すか酒造免許と土地をよこせ」と要求
  8. 太陽酒造は当面の資金繰りのめどが立ち、インターセラーズとの提携関係を解消
  9. 現在、新たな提携先・スポンサーを募集中

これを読んで下さっている皆様にお願いです。こうした状況に追いやられてしまった太陽酒造さんにぜひとも今回だけでも救いの手をさしのべてあげて下さい。もちろん、太陽酒造さんにも甘いところがあったのも事実だとは思います。しかし、こうしたやり口を許すわけには行かないのではないかと思っています。
方法は簡単です。太陽酒造さんの日本酒を一本購入すればよいだけです。どこで買えばよいか判らない方は太陽酒造公式サイトで販売店が紹介されていますのでご確認下さい。掲載されている酒屋さんに電話で聞けば通信販売をしているところもあると思います。

インターセラーズというこの会社、テレビ東京ガイアの夜明けで、さも日本酒業界における救世主であるかのように報道されました。概要はいまでもこちらでみることができます。この概要の中に印象的なコメントがあります。

運営支援を担当するスタッフサービスのグループ会社「インターセラーズ」社長の津端さんは、支援の目的について「日本酒市場は今が底。だが何百年の歴史を持つ日本酒がなくなるわけがない。いずれ業界の淘汰が終われば市場は反転する。そこからがビジネスチャンスなんです」と語る。

きっとここでいう「ビジネスチャンス」とは、市場が反転するまでの間にいかに自分たちの自由になる日本酒の免許と土地をたくさん集めるか、ということが重要だということなのでしょうね。そのために蔵がいままで歩んできた歴史や顧客は全て無視、借金を背負わせて経営権を奪取しなければならないということなのでしょう。さらに経営がうまくいかなくても蔵は広大な土地を持っているのでいざとなれば蔵をつぶして土地をマンションにでもすれば回収可能という算盤をはじいたのでしょうね。

それにしてもこのスタッフサービスの子会社であるインターセラーズという会社のやり方はえげつない。近年の偽装派遣問題なとで派遣業というだけでどうもうさんくさい感じがしていたのですが、今回の太陽酒造さんに関する騒動をみているとさらにうさんくさげな感じが増しました。

2008/02/24追記.一部でこの記事について「感情論」という話も出ているようですが、長らくこのような酒類のBLOGをやっておりますとそれなりに情報は入ってきますし、誰にどのようなことを聞けばどんなことが判るのか、というのも見えてきます。インターセラーズについてはこれだけ大々的に各所で取り上げられている状況と事業開始後に延べ何社と提携して、いま残っているところは何社なのか、現在提携している蔵やかつて提携をしていた蔵の所在地などを冷静に観察すると「なるほど」と判る動きもしています。実際に入手した情報ではここに書いた以上の情報も多々あるのですが、そこまで書くと情報源が秘匿できないのであえて書いていないこともありますことを念頭に置いて頂ければ幸いです。

第5回 清酒が復権する2つの前提

久々に「シリーズ/清酒の今後を考える」を書いてみます。

リンク: 焼酎ブーム巻き返せ、ライバル灘・伏見の酒が連携PR : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

この記事を見る限り、ではありますが、どうも違和感を感じてならないのです。清酒が飲まれなくなったのは時代背景が変わったということよりももっと根本的なところではないかと思うのです。

では清酒の復権に必要なものとはなんでしょうか。これは「呑みやすくて美味しい」という単純なことだと思います。

まず、呑みやすさですが「いつでも気軽に」が重要です。清酒はどうしても「冷蔵庫で保存するのは面倒」「足が速いから一升は多すぎる」となりがちです。最近はカップ酒が人気ですが、冷蔵庫で保存しやすくてちょっとしたときに気軽に呑めるから人気なのです。本格焼酎も「直射日光にさえ当てなければ常温保存で問題ない」という手軽さが人気の一因でしょう。清酒ももっと保存が楽で気軽においておける商品にすることも考えていくべきであると考えます。実際に蔵元の中には作りをしっかりとしているために常温で置いておく方がうまくなる清酒を出しているところも出てきています。

次に美味しいという点ですが、これは以前からこのシリーズで書いているように三増酒や安易なアルコール添加を止めることです。清酒の基本は純米酒であるということに立ち返り、精米歩合はそれほど高くない純米だけれども美味しい清酒を仕込む、そしてアルコール添加をするときは自分たちの蔵で作った米焼酎や粕取り焼酎を適量使用する、これだけで味に対する評価はだいぶ変わるはずです。

こうした努力を業界全体で行っていけば「焼酎は臭い」というイメージが変わったように清酒に対するイメージも変わることでしょう。せっかく努力をするならばこうした努力をしてほしいと切に願います。

第4回 特定名称酒を考える

前回からだいぶ間が空いてしまいましたが、今回は「特定名称酒」について考察します。

特定名称酒について細かい基準を熟知している方はどの程度おいででしょうか?国税庁の通達で定められた特定名称は以下のような種類があります。

吟醸酒
大吟醸酒
純米酒
純米吟醸酒
純米大吟醸酒
特別純米酒
本醸造酒
特別本醸造酒
これらの種別について、具体的にどういう基準があるのかをすらすらといえる方はおいででしょうか?酒業界に何らかの職をお持ちの方でなければ、これらの区別をすぐに付けるのは難しいと思います。

清酒に関してはこれだけの種類が法律で定められているわけですが、消費者にとってこれらの区別は本当に必要なものなのでしょうか。私はこれらの細かい種別がかえって、清酒を「難しいもの」として認識させているような気がします。また、本当は旨いはずなのに特定名称を付けられないばかりに「普通酒」となってしまい、日の目を見ない清酒もたくさんあります。そして、特定名称が付いているのに心ある普通酒よりも味が劣る特定名称酒がたくさん出回っています。

こうした現状をふまえ、私はこれらの特定名称は一回整理をするべきだと考えています。通達で定めるべき特定名称は

純米酒
のみにしてはいかがでしよう。
また「吟醸」「大吟醸」は本格焼酎でいうところの「いも焼酎」などと同じく清酒業界の業界基準として定めればよいと思います。
そして、「特別純米」などの消費者がよくわからない特定名称は廃止したほうが良いでしょう。

それくらい思い切ったことをしないとだめだと思います。皆様、いかがお考えになるでしょうか。

第3回 アルコール添加の善し悪し

清酒ファンの間でもう一つ問題となっているのが醸造用アルコール添加――「アル添」の問題です。
醸造用アルコールすなわち甲類焼酎を添加している清酒は「本醸造」「吟醸」「大吟醸」という分類になります。アル添していない純米酒は「純米酒」「純米吟醸」「純米大吟醸」と名乗ることが許されます。

純米派の主張は「醸造酒である清酒へ蒸留酒である醸造アルコールを添加するのは本来の清酒からかけ離れている」「外国ではリキュール扱いであり、アル添は醸造酒とはいえない」というものです。
一方、アル添擁護派の主張は「アル添は元禄時代から『柱焼酎』が利用されている伝統がある」「アル添によってすっきりとした味わいを出すことができる」となります。
この主張に対して純米派からは「『柱焼酎』は醸造技術の未熟な時代に仕方なく用いられていたものだ」「どのような原材料で作られたかわからない醸造用アルコールを添加している酒など飲みたくない」という反論が帰ってきます。

私自身はアル添に関しては許容しています。アルコールを添加することでもろみの生成を止め、きりっとしたすっきりタイプの清酒を醸し出すのは日本独自のすばらしい技術だと思いますし、純米だけだとどうしても飽きが来ます。特に食中酒として清酒を飲みたいとき、濃い味付けの和食にはアル添している本醸造の方が合うと思っています。
しかし、現在の「醸造用アルコール=甲類焼酎」を添加するのは反対です。私自身は添加して良いアルコールを種別まで制限するべきだと考えます。それは何か。本格焼酎、それも米焼酎か粕取り焼酎ならば良いと考えます。

そもそもアル添擁護派が持ち出してくる「柱焼酎」ですが、これが発明された元禄時代、柱焼酎に使われていたのは米焼酎か粕取り焼酎だったはずです。
なぜならば、甲類焼酎を製造する技術は明治時代にイギリスから導入されたイルゲス式連続蒸留機がその発祥であるからです。明治時代に甲類焼酎は「新式焼酎」と呼ばれていましたが、それは"文明開化"によって欧米よりもたらされた機械で作られた"ハイカラ"な焼酎だったからなのです。元禄時代に"焼酎"といえば、清酒粕を蒸留して作る粕取り焼酎だったはずです。また、「高級な焼酎を少し加えたものも珍重された」という趣旨の文章も見つかっているようですので、こちらはおそらく米焼酎を添加したのでしょう。そうした経緯を考えるとアル添派が主張する「アル添は歴史ある清酒製造の手法である」という主張は間違いではないものの現状は間違っているといえると思います。
また、本格焼酎のみを添加できるということにすれば、純米派の「どのような原材料で作られたかわからない醸造用アルコールを添加している酒など飲みたくない」という部分も解消されると思います。それでも好みに合わなければ呑まなければよいわけで、「アル添は清酒ではない」というのは清酒の技術向上の歴史を見る限り、間違いではないかと思います。酒は嗜好品ですから、三増酒のように化学的に作られたものは別として、個々の趣向は大切にするべきだと思います。
とはいえ、何でも添加して良いというのは良くないと思いますので、添加できる酒を米焼酎か粕取り焼酎に制限するべきです。

前回と今回をまとめて酒税法の該当項目を書き換えると

酒税法第3条該当項目改正私案

3.「清酒」とは、次に掲げる酒類をいう。
イ 米、米こうじ及び水を原料として発酵させて、こしたもの
ロ 米、米こうじ及び水を原料として発酵させたものに政令で定めるしようちゆうを添加して、こしたもの(イに該当するものを除く。)。ただし、その原料中政令で定めるしようちゆうの重量の合計が米(こうじ米を含む。)の重量を超えないものに限る。
ハ 清酒に清酒かすを加えてこしたもの
4.「合成酒」とは、次に掲げる酒類をいう。
イ アルコール(次号の規定(アルコール分に関する規定を除く。)に該当する酒類(水以外の物品を加えたものを除く。)でアルコール分が36度以上45度以下のものを含む。第9号及び第8条第3号を除き、以下同じ。)、しようちゆう(水以外の物品を加えたものを除く。第6号において同じ。)又は清酒とぶどう糖その他政令で定める物品を原料として製造した酒類で、その香味、色沢その他の性状が清酒に類似するもの
ロ 清酒にしようちゆう又は清酒とぶどう糖その他政令で定める物品を加え、その香味、色沢その他の性状が清酒に類似するもの

上記、別途政令で定めるしようちゆうの私案
次に掲げるアルコール含有物を酒税法第三条第五号 に規定する連続式蒸留機以外の蒸留機(以下「単式蒸留機」という。)により蒸留したもの(水以外の物品を加えたものを除く。)
イ 米、米こうじ及び水を原料として発酵させたもの
ハ 清酒かす及び水を原料として発酵させたもの、清酒かす、米、米こうじ及び水を原料として発酵させたもの又は清酒かす

という感じでしょうか。清酒そのものの範囲や扱いに関する私の提案は今回で終了です。次回からは特定名称などの話題について書いていく予定です。

脚注.2004年1月1日より純米酒の基準が変わり、精米歩合に関する規定が削除されました。その結果、米・米麹・水だけでつくられている清酒はすべて純米酒と名乗ることが可能となりました。

第2回 三増酒と普通酒について考える

前回書いたように清酒は本当に落ち込んでいます。特に清酒の中でも「普通酒」の分野が著しく落ち込んでいます。「普通酒」とは何に対して普通なのかについてまず説明いたします。
清酒には、精米の程度などで細かく分類が分けられています。酒販店で良く目にする「吟醸」「大吟醸」「純米大吟醸」という名称(特定名称酒と呼びます)は、この細かい分類のことで法的に根拠が定められいます。「普通酒」というのはこの特定名称酒以外の清酒を差すもので、概ね清酒全体の7割程度が特定名称酒以外の「普通酒」となります。
普通酒の価格帯は缶チューハイや発泡酒といった低アルコール酒と競争にあります。また、特定名称酒も全体では減少傾向です。これらふたつの観点からだけで「普通酒の出荷量減少」という状況をみると「消費者ニーズの変化によって低アルコール飲料に年々シェアを奪われている」といえなくもありません。

しかし、私は普通酒のシェア減少はこうした消費者ニーズによるものばかりではないと考えています。
普通酒がシェアを減少している上でもっとも一番大きな問題は「三増酒」の問題です。通称「三増酒」と書きますが、正式には「三倍増醸酒」と書きます。三倍という名の通り、清酒を仕込み発酵したもろみに醸造用アルコール(要は、蒸留を繰り返すことで製造される純粋なアルコール=甲類焼酎)をいれ3倍に薄め、そこへ糖類と酸味料(アミノ酸)、化学調味料を投入して味を調えた代物です。これは戦時中、米がなかった時代にできる限り清酒と似た味わいでできる限り多くの酒を生産しようという考えから生み出された苦肉の策で、これはこれでファンが付いているのも事実です。しかし、化学調味料で味付けされた酒と匠の技で吟味された原材料を使用している酒が同じ「清酒」というカテゴリでくくられてしまうのは消費者から見れば変な話です。実際、大手居酒屋チェーンやファミリーレストランで提供されている「清酒」はよほど注記がない限り、ほとんどこの「三増酒」です。世間でよく言われる「翌日に残る日本酒」というのはこの三増酒を呑んでいるために発生することが多いと思います。
この三増酒、実は清酒のカテゴリーでは「普通酒」というところに分類されている上に普通酒はほとんどこの三増酒という有様です。三増酒は激しい競争で味わいの向上したビールや発泡酒、缶チューハイに比べると味わいの面では著しく劣ります。そのため、「普通酒=三増酒」という図式から「普通酒=まずい、翌日に残る」というイメージとなり、ひいては清酒全体のイメージダウンにつながっていると考えられます。

清酒が復権するにはまず「清酒」というカテゴリーから「三増酒」を追放することから始めるべきであると考えます。日本には、大正時代に理化学研究所で発明された米を使わずに醸造アルコールや酸味料、化学調味料だけで清酒のような風味を出した「合成清酒」というものが存在しています。清酒業界では「合成清酒という名称は清酒と紛らわしく、名称を『合成酒』とするべきである」という主張を行っていますが、事実上の合成酒である「三増酒」についても『合成酒』として清酒から独立させるべき時がやってきていると思います。その上で普通酒は、一部の良心的な蔵が実施しているように事実上の純米酒でありながら精米をあまりしないなどの方法でコストを下げて消費者へ提供すればよいのです。これによって、もっとも出荷量の多い普通酒のイメージが変わるための土台が完成し、清酒が復権するための第一歩を歩み始めることが可能になります。

第1回 清酒は本当に急激に衰退したのか

このところ、清酒が衰退しているという報道が極めて多くなっています。その報道では「ここ数年急激に衰退した」ということになっていますが、実はもともと1973年頃から徐々に衰退しています。バブル景気や地酒ブームといった一見すると清酒の需要が増えたかのような時期はありましたが、これは清酒内でのブランド志向の変化にとどまり、良くて微増、年によっては横ばいが関の山という状況です。バブルが崩壊し、地酒ブームが過ぎ去るとそれまで減らなかった分を一気に取り返すかのごとく需要は急激に減少していまいました。そのため、確かにこの数年の推移だけを見て「いままではそれほどでもなかったが、急激に減少」という報道になってしまっているようです。しかし、このようにここ数年で急激に減少したというのは必ずしも正確ではありません。

では、清酒はなぜ少しずつ衰退していったのでしょう。衰退するにはなにがしかの理由があります。それを今回から少しずつ考察し、私なりの提案をしていきたいと考えています。本格焼酎に関するblogで清酒のことを考えるのは変だと思われる方もおいでかもしれませんが、清酒と本格焼酎はともに日本を代表する国の酒-国酒(こくしゅ)であり、どちらかが衰退して良いなどということはないと私は考えています。また、本格焼酎の一つである粕取り焼酎は清酒粕を蒸留して作られるものであり、清酒の衰退=粕取り焼酎の衰退でもあります。その意味でも清酒の衰退は著しく困ったことなのです。

この話題は数回にわたって不定期に書いていきますので、よろしければおつきあい下さい。
※このコラムも含めて、私は清酒に対してあまり日本酒という用語は使いません。これは本格焼酎や泡盛も日本の酒であり、日本酒であるという信念からです。そのため、いわゆる「日本酒」についてはあえて「清酒」と記載しています。この点についてはあらかじめご了承下さい。